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高知地方裁判所 昭和31年(行)8号 判決

原告 元成誠

被告 高知地方法務局長

訴訟代理人 越智伝 外二名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「高知地方法務局供託官吏大坪定雄が、高知市の申請に基き、同局昭和三十一年三月二十八日受理、供託番号昭和三十年金第一四〇一号の供託の供託書の記載中供託者の表示が、『高知都市計画復興土地区画整理事業施行者高知市長氏原一郎』とあるを『高知市右代表者高知市長氏原一郎』と訂正することを認可した処分に対し、原告が申立てた異議につき、被告が昭和三十一年十二月六日付を以てなした異議申立棄却決定は、これを取り消す。訴訟費冊は被告の負担とする。」

との判決を求め、

その請求の原因として、

(一)  高知都市計画復興土地区画整理事業施行者高知市長氏原一郎は、昭和三十一年三月二十八日右土地区画整理事業施行による高知市北門筋十三番地所在、坂本喜久尾所有家屋の一部除却に伴う、同人に対する補償金十五万六千百六十八円を土地区画整理法第七十八条第五項に基き高知地方法務局に供託の申請をなし、同日供託番号昭和三十年金第一四〇一号として受理された。

(二)  原告は、前記坂本喜久尾の債権者であつて、同人に対し、債務名義として、公正証書の執行力ある正本を有するところ、前記補償金の支払義務者は高知市であり、従つて、高知市がなしたものではないところの前項の供託によつては、高知市は、いまだ右補償金支払義務は免れていないものと考え、昭和三十一年八月十五日、高知地方裁判所に対し、前記債務名義に基き、坂本喜久尾を債務者とし、高知市を第三債務者として、高知市が右坂本に支払うべき前記補償金の中、金十三万五千二百六十八円につき、債権差押命令及び転付命令を申請し、同日右命令を得、右命令は、その頃高知市に送達された。

(三)  原告は、同年十月二十六日高知地方裁判所に対し、高知市を被告として、右転付金請求の訴を提起し、その訴は、同裁判所昭和三十一年(ワ)第四四八号事件として現に係属している。

(四)  高知市は、右訴提起の後である昭和三十一年十一月十九日高知地方法務局に対し、第一項の供託につき提出してある供託書の記載事項中、「供託者高知都市計画復興土地区画整理事業施行者高知市長氏原一郎」とあるは誤りであるとの理由を以てこれを、「供託者高知市右代表者高知市長氏原一郎」と訂正する旨申請し、同局供託官吏法務事務官大坪定雄は、同日右訂正を認可する旨の処分をした。

(五)  そして、高知市は、第三項の訴訟手続において、右訂正認可により、第一項の供託は、原告が前記債権差押命令及び転付命令を得る以前である昭和三十一年三月二十八日即ち施行者高知市長が供話した日にさかのぼつて、高知市が供託した効力を生じたから、原告の転付金請求には応じられないと主張している。従つて、原告は右供託官吏の認可処分につき重大な法律上の利害関係を有するものである。

(六)  そこで原告は、高知市と、前記施行者たる高知市長とは別人格であるから、供託者の人格を変更するような前記訂正認可処分は違法であるとして、被告に対し、供託法第一条の三に基いて、該処分に対し異議の申立をしたが、被告は、昭和三十一年十二月六日右申立を、その理由なしとして、棄却する旨の決定をなし、その決定書は同年同月十日原告に送達された。

(七)  しかし、右認可処分はつぎの事由により違法である。

(イ)  本件土地区画整理事業の施行者は、高知市長であるが、同市長は、土地区画整理法第三条により、建設大臣の命を受けて、土地区画整理事業を行う国の行政機関であり、地方公共団体の代表者としての高知市長ではない。ただ地方公共団体たる高知市は、右土地区画整理事業に要する費用特に、建物などの移転除却に伴う補償金を負担する関係にあるけれども、右施行者と高知市とは、全く別人格である。本件供託は、右施行者たる高知市長のなしたものであつて、地方公共団体たる高知市のなしたものではない。それ故、前記のような訂正を認可することは、供託者を別人格に変更することを認可することになり、単なる供託者の表示の誤謬訂正の認可ではない。

(ロ)  前記認可処分は、法律上いかなる根拠に基くか不明であるが、かかる誤謬訂正を認可するのは、民事訴訟法における判決の更正に準ずるような、違算、書き損じ、その他これに類する明白な誤謬のあるときでなければならないと解する。

しかるに、高知市名義で供託すべきを、前記施行者高知市長名義で供託したことを以て、単なる書き損じ、又は、これに類する明白な誤謬とは到底認められない。

(ハ)  供託書の誤謬訂正を許容する場合は、その誤謬訂正によつて、他の利害関係ある第三者になんらの影響も与えない場合でなければならない。しかるに、前記のように、いつの間にか供託者が別個の人格に変更されると、その他人に与える利害は、実に重大である。本件における原告の受ける利害関係の重大なことは、言うまでもない。

(ニ)  本件のごとく、土地区画整理法第七十八条第一、五項を誤解して、施行者名義で供託した場合、供託官吏は、右供託は法令の根拠を欠くものとして、受理すべきでないのに誤つて、受理したものであるが、かかる場合は、施行者をして、錯誤に基くものとして供託法第八条第二項、供託物取扱規則第六条第二号の手続により、供託物取戻の手続をとらしむべきであり、しかる後、高知市名義で供託し直させるべきである。かかる手続をとらずして、本件のように、供託者名義訂正認可の方法によることはなんら法令の根拠に基かない違法な処分というべきである。

(ホ)  法律上の手続は、安定性を重要な要件とする。それは訴訟手続においても供託手続においても同様である。訴訟手続において、たとえば、被告を施行者として訴を提起したが、これは高知市を被告とすべきであつたのに、表示を誤つたものとして、それを高知市と訂正することが許されないと同様、供託手続の上でも、そのような訂正は許されないといわねばならない。

(ヘ)  供託官吏のなすべき処分は、すべて法令の根拠に基かねばならず、又、その審査は形式審査に止まり、実質的審査に及んではならないのである。本件のごとく行政機関である施行者高知市長という供託者名義を地方自治体である高知市と変更することが、形式審査の上で絶対に許されないことは明らかである。前記供託官吏が、本件の訂正を認可したのは、供託官吏が、土地区画整理法第七十八条第一、五項の趣旨から、施行者といつても或は高知市といつても、土地区画整理事業の合目的見地からいえば、実質的異同がないという誤つた事実審査をしたためであると思われる。

(八)  右のごとく、本件の訂正認可は違法であり、原告の前記異議申立は理由あるにかかわらず、これを棄却した被告の処分は違法であるから、その取消を求めるため本訴請求に及んだと述べ、被告の主張中、前記坂本喜久尾に対する補償義務者が高知市であるとの点を認め、その余の主張を争い、〈立証 省略〉被告指定代理人は、まず、本件訴を却下する、との判決を求め、その理由として

仮に、原告主張の請求原因事実が認められるとしても、本件訴について、原告は訴の利益を有しない。すなわち、土地区画整理法第七十八条第五項の供託は、同項所定の担保権者の不測の損害を防止するためのもので、同条所定の補償義務者としては、担保権者より供託不要の申出のない限り、債権者への補償金の支払が禁じられ、補債金の供託によつて義務を免れる外はないのである。一方担保権者は、右供託物の上にその権利行使ができるのであつて、このことから考え、供託以前のこの補償金について、一般債権者がいち早く独占的満足を得ることは当然には許されず、たとえ、右補償金債権に対し転付命令が発せられたとしても、担保権者の権利行使はもとより、補償義務者の供託も可能であると解する。

従つて供託は不可避であり、その前後遅速により転付債権者等の権利に消長をきたすことは考えられないから、結局本件訂正認可処分は、なんら利害関係人の権利に影響を及ぼすものではないと思われる。それ故、原告には本件訴について訴の利益がないと述べ、

次に原告に本件訴について、訴の利益がある場合の仮定的申立として、請求棄却の判決を求め、その答弁として、

原告主張の請求原因事実中第一項の供託者の点及び第七、八項の事実は争う。その他の事実は認める。

本件補償金の支払義務者は、高知市であるから、本件供託は高知市を供託名義人としてこれをするのが相当であつた。しかしながら、施行者名義による本件供託も土地区画整理法第七十八条第五項に規定する供託として効力を有する。

なぜならば、本件供託書(乙第一号証)には、「供託者の表示」として「高知都市計画復興土地区画整理事業施行者高灯市長氏原一郎」と記載されているけれども同時に「供託原因たる事実」として、「右補償金は、高知都市計画復興土地区画整理事業施行上障害家屋の部分を除去した家屋所有者坂本喜久尾に対し、整理施行者より補償金として支払うべき金員」なる旨記載され、更に「供託を義務付け又は許容した法令の条項」として、「土地区画整理法第七十八条第五項」と明記されている。

そして、本件供託の右供託者の表示に関する限りにおいて、施行者高知市長と高知市その代表者高知市長との表示の誤は別異の者の供託と解すべき必要も実益もなく、前記の供託書の記載並びに根拠法令(土地区画整理法)の諸条項を総合審査して供託官便において本件供託を土地区画整理法第七十八条第五項所定の供託として受理したことは相当である。そこで、これが供託者の同一性を失わない限りにおいて、本件供託書の一部記載を本件におけるように訂正補充させることはなんら差じつかえないものと解する。この理は、民事訴訟法においてさえ、同一性を失わない限り当事者の表示の誤謬訂正は許されていることからして明らかである。

もちろん、行政庁たる市長と地方自治体の代表者たる市長とは、一般法人格上差異があり、本件補償金の支払義務者は高知市である。それ故、本件供託に際しても「供託者高知市右代表者高知市長氏原一郎」と表示すれば本件供託書の他の記載内容と照応し、より正確であつたとは言い得る。しかしながら、高知市長は前記整理事業施行者と、市の代表者たる地位とを兼ねているのであるから、本件供託書に「高知市長氏原一郎」とあれば、他の記載と相まつて補償義務者たる高知市の代表者であり、又施行者でもある同市長が補償義務者のために供託手続をとつたものであると解せられないことはなく更に又、その右横に、「施行者」と書き添えられていることも供託を義務づけている土地区画整理法第七十八条第五項に、「施行者は云々」とあるところから、右施行者の表示をも必要とするかのように考えて記載したものとも推認でき、いずれにしても本件供託は、供託書自体を通じて、補償義務者の供託と認定し得るものと考える。

従つて、供託手続上これを受理し、後日、供託者氏名の表示について、正確な表現に改めるのを認容した供託官吏の本件措置は違法不当のものとは考えられない。

なお、本件の供託と類似の供託である農地法第十二条第二項の対価供託については、供託義務者は国であることは、法文上明らかであるのにかかわらず、実務上の取扱としては法務省民事局長の通達(乙第三号証の一、二、三)により、供託者を単に国の機関である「農林大臣」として表示し「供託者国右代表者農林大臣何某」とは表示しないのである。かかる取扱が認められる限り、被告の前述の主張は、社会通念とも一致し、妥当なものと信ずるのである。

以上のとおり、本件訂正認可処分は、適法であるから、原告の異議申立を棄却した被告の処分も又相当であつて、原告の本訴請求は理由がない。と述べた、

立証〈省略〉

理由

訴外坂本喜久尾所有家屋の一部が高知都市計画復興土地区画整理事業施行によつて除却せられたことに因つて、訴外高知市が、土地区画整理法第七十八条第一項に基いて、同訴外人に支払うべきこととなつた補償金が、昭和三十一年三月二十八日高知地方法務局に供託せられたこと、その際の供託書に、供託者の表示として、「高知都市計画復興土地区画整理事業施行者高知市長氏原一郎」と記載せられていたこと、その後、訴外高知市は、同年十一月十九日同局に対し、右表示を「高知市、右代表者高知市長氏原一郎」と訂正する旨の申請をし同局法務事務官大坪定雄は、同日右訂正を認可したこと、並びにその後原告がこれに対し異議の申立をしたところ、被告は、右申立をその理由なしとして棄却する旨の決定をしたことは当事者間に争いのないところである。

ところで、行政事件訴訟特例法第一条にいわゆる行政庁の処分とは、国民の実体法上の権利義務又は利益に関する法律的効果を有する行政庁の行為をいうものと解すべきである。本件異議申立棄却決定は、それ自体なんら右に述べた法律的効果を有するものではないが、若し、右決定が確定判決によつて取り消されるときは、本件認可をした前記事務官は、右特例法第十二条によつて、本件認可を取り消すべきこととなる。原告は、本件訴において右決定の取消を求めているが、その究極の目的は本件認可の取消にあることは、原告の主張によつて明らかである。それで若し、本件認可なる行為が右に述べた法律的効果を有しないものであるならば、本件訴は、なんら右に述べた法律的効果に関係のないものというべく、従つて、不適法なものとして、これを却下すべきである。以下この点について検討することとする。

およそ供託法に基く供託関係の成立変更又は消滅は、供託法供託物取扱規則等の供託に関する法規に基かなければならない。ある供託がなされた場合において、供託法規上、何人をその供託者として扱うべきかは、当該供託書の記載によつて、これを定めるべきである。ところで、供託書記載の供託者の表示に誤謬があつた場合に、その訂正が許されるかどうか。あるいは又供託書記載の供託者の変更が許されるかどうかについては、供託関係法規には、なんらの規定がない。それ故、本件訂正認可なるものが供託者の同一性を維持しつつ単に供託者の表示を訂正することを認可するという趣旨のものであると、あるいは又、供託者を変更することを認可するという趣旨のものであるとにかかわらず、それは、なんらの法律的効果を有しないもの、たかだか、本件供託における供託者が、何人であるかについての前記供託官吏の見解の表明に過ぎないものというべきである。

そうすると、本件訴は、不適法なものとして、これを却下すべきことは、前記説示によつて、明らかであろう。

よつて、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安芸修 宮本勝美 篠清)

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